この気持ちは作られたものなのか?


伊藤計劃さんの虐殺器官に、こんなセリフがあります。

P.254

この殺意は自分の殺意だろうか?

私はこの一節を読んで以来、今までずっと考えてきたことを、よりはっきりと考えるようになりました。

それは、感情というものは、私というものから自然と湧き上がってくるものではないということです。

少なくとも、私の感情は、外からの刺激で簡単に変わってしまいます。

今回は、私がそう感じるようになったきっかけを少しまとめたいと思います。

感情は身体活動に影響される

今諸事情により、ほとんど外出することのない生活を送っているのですが、こういった生活を送ると、非常に頭の回転が遅くなったような気がします。

そして時々外出して、歩くと次々にアイディアが浮かんできたり、ポジティブな気持ちになります。

これは、淡蒼球とよばれるやる気に関わる脳領域が運動によって活性化することが関連しているようです。

常に変わらない生活を送っているとわかりにくいですが、今の私のような、極端に運動できない状況に陥ると、実感しやすいです。

少し動くだけで思考パターンが変わるので、自分でも生まれ変わったようなそんな気持ちになります。

季節が変われば気持ちも変わる

つい先日冬至を迎えました。

昼の時間が短くなったなぁと、はっきりと感じるようになりました。

私は夜になると、内向的、内省的な気持ちになりやすいです。



そんなこともあって冬は少しそんなモードの時間が長くなります。

もし、私が南国育ちで常に昼間が長い国に生まれていたら、もっと内向的な気持ちの時間が短くなってたのかなと、ふと思いました。

それってつまり、今この内向的なところは、私の性格ではなく、日本に生まれたからこういう感情リズムなだけなのではないかと思うのです。

感情は物質

私は、気分が落ち込んでも心療内科を受診したことはまだありません。

理由はいろいろですが、薬の中毒性を恐れているというのが理由の1つです。

もう1つは、物質によって感情が変わってしまうことに恐れを抱いているからです。

もし、そうなったら、私のこの気持ちはなにか別のものによって操作されたのではないかという疑いから逃れられなくなりそうだからです。

ですが、今までに感情は物質だなと思ったことがあります。

それは、眠りを促進するサプリを飲んだ時です。

当時ストレスから眠りが浅いことで悩んでいたので、テアニンという緑茶に含まれる物質が眠りを促進すると聞き、飲んでみることにしました。

すると、びっくりするくらいよく眠れるようになったのですが、サプリを飲み忘れた時に飲む前よりも眠れなくなってしまいました。

それが怖かったので、今は飲むのをやめてしまいましたが、あの経験は不思議な経験となりました。

伊藤計劃さんの虐殺器官を読んで以来、こんなことを考えていました。

感情が自分のものではないと考えるのは少し恐ろしくもありますが、外から受ける影響をうまく利用して、自分の感情を客観的に見つめて、うまく扱えたらいいなと思います。


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