理想の人生に必要なら、何を持っていてもかまわない -より少ない生き方 ものを手放して豊かになるを読んで-


こちらの本の作者は宣教師を仕事としていたそうです。

ですが、ある日、自宅のガレージを掃除していたところ、1日作業しても全く終わらず、息子と遊ぶ時間すらとれない自分にうんざりしていたところ、隣人から「こんなにものは必要ないのよね」と言われたことをきっかけに、身の回りの整理を始めます。

そしてその過程をブログにアップしたところ、宣教師の仕事よりも、ミニマリズムを世に広めることが仕事として忙しくなり、今もミニマリズム関連の講演会などを行っているそうです。

今回はこちらの本の中で印象に残った記述を記録したいと思います。

ものを持ちすぎると幸せが遠のく

P.180

高価なものをいくら持っていても、幸せになれるわけではない。  それどころか、ものがありすぎるとむしろ幸せから遠ざかってします。

P.1,114
あなたがものを所有することで満たそうとしている欲求は、実はものを所有することでは決して満たされない。

この本の冒頭に、ガレージいっぱいのものを季節ごとに取り出して、しまう作業に土日まるまる時間がかかってしまい、そのせいで息子とキャッチボールをする時間すら取れなくなるというエピソードがありました。

過剰に物をもつとその管理のために時間もスペースも使ってしまいます。

もしも、それによって、大切な人と過ごす時間が失われたり、自分の使命を果たすためのチャンスが失われたりしているのならば、それはとても不幸なことかもしれません。

収納や片付けに悩んでいるひとは世界中にいる

P.198
家庭内の収納や片づけに関するビジネスは今や 80 億ドル規模で、年に 10 パーセントの急成長を続けている

P.203
そして当然ながら、アメリカ人は借金まみれだ。  一家庭が抱えるクレジットカードの借金は平均して1万5000ドル、住宅ローン残高の平均は 15 万ドル以上にもなる

収納・片付けブームは日本でも起こっていますが、アメリカではなんと80億ドル規模だそうです。

片付けコンサルタントのこんまりさんがアメリカ進出していましたが、ビジネス規模も、悩みの大きさも桁が違うようです。

そういった事情の背景には、物質主義であったことや、経済的に裕福で、家も大きく、ものをたくさん所有することが良しとされている風潮が原因のようです。

ですが、クレジットカードなどが普及したことによって、自分の支払える能力以上のものを購入してしまう人も多いようです。

クレジットカードのリボ払いなどは、毎月いくら使ったのか、把握しずらいところも問題ですし、利子がかさんで、買った時以上にお金を支払わなくてはならないところも問題です。

誰も勝てない「比較」というゲーム

P.186
「あまりにもたくさんの人が、自分で稼いだわけでもないお金を使って、欲しくもないものを買い、好きでもない人を感心させようとしている 。」

物を買うことによって、承認欲求を得ている人がいるかもしれません。例えばブランド品を持ち歩くことである種のステイタスを見せつけるといったことです。

でも、もしも大事な家族が時間を割いて、稼いだお金を使って、赤の他人の注目を勝ち取ることに一体何の意味があるのかと振り返ったほうが良いかもしれません。

P.262
意識して所有物を少なくすれば、誰も勝つことができない「比較」というゲームから降りることができる。

私の家族はよく、「その服は去年も着ていた」などと、古い服を否定するようなことをいうのですが、理由を聞いてみると、周りの人の目線が気になるせいだそうです。

いったい誰と戦っているのかも謎ですが、常に新しいものを着ていれば、一番なのでしょうか?

そうするともしもお気に入りのまだ着れる服があっても、去年着ていたからという理由で、捨てなくてはなりません。

P.2,590
「一方で娘さんは、まったく違う状況にある。何かが欲しくなると、それがコマーシャルで見たものでも、友達が持っているものでも、親に頼めば買ってもらえる。つまり娘さんの幸せは、次に買ってもらう新しいおもちゃの中にあるんだ。そして、そういう状況をつくったのは、他ならぬきみ自身だ。今持っているおもちゃの中に幸せを見つけなければならないとなったら、娘さんもそうするんじゃないかな。でも現状では、次に買うおもちゃが幸せを運んでくれると思うしかない」

また、こういった物質主義を幼い子供に伝えないように注意せよというアドバイスも書かれていました。

まさに私が親から物質主義を受け継いでしまったので、自分が親になったときは気を付けようと思います。

ミニマリズムの後に続くもの

P.294
愛する人たちと、もっと絆を深めたいと思っているだろうか? 世界を見たい? 芸術作品をつくりたい? 体を鍛えたい? お金の心配をなくしたい? 意義のある活動に参加したい?

P.3,237
しかし、ただものを減らすだけで、時間、お金、自由というミニマリズムの「配当」を活用しなかったら、何年もかけて年金を積み立てたのに、引退してから年金をまったく使わないようなものだ。

P.3,242
「夢に挑戦しよう!」  航空券の予約をしよう。絵画教室に申し込もう。ボランティア団体に連絡しよう。トライアスロンのトレーニングを始めよう。自分の店を始めよう。パイロットの学校に行こう。孫の近くに引っ越そう。自分の歌のCDを出そう。山に登ろう。フランス料理を習おう。小説を書こう。学位を取ろう。里親になろう。

この本を読んで最もいいなと思ったところは、片づけることを目的としているのではなく、片づけた後の人生の送り方についても、書いてあるところでした。



作者は、片づけたことによって、ミニマリズムを広めることやキリスト教の教えとミニマリズムを絡めて考えることで、より深い洞察が得られ、それを世界に広めるという使命を見つけることができたそうです。

また、自分がミニマリズムを広めた人たちのその後の人生についてもいくつか紹介しており、ミニマリズムのあとに広がるたくさんの可能性を感じさせてくれるところが素晴らしい本だなと思いました。

P.357
私が目指すのは、誰もが適正量のものを持ち、そのおかげで最高の人生を生きられるようになることだ。豊かな先進国に暮らす人の 98 パーセントにとっては、それはものを減らすことを意味するだろう。

P.387
「私は長い間、本当に苦しんでいたんです。人生をシンプルにする必要があった。借金から解放されたかった。山のようなガラクタを処分したかった。でも、いちばん必要だったのは希望です。人生は変えられるという希望なのです。ミニマリストになり、少ないもので暮らすようになったおかげで、それを手に入れることができました。

ミニマリズムの定義は人それぞれ違う

また、最近本屋で見抱える本の中には「・・・は・・着しか服をもたない」「一日・・捨て」など、かなりかっちりした基準を設けているミニマリズムの本が多いなと思っていましたが、こちらの本では、ミニマリズムの定義が非常に緩くてよかったです。

というのも生まれた時代や家族の数によって、理想の暮らしは異なっているはずだという主張でした。

この本はミニマリズムを実践することが目的なのではなく、ミニマリズムを通して理想の生活を送る手助けをしたいというのが目的なので、「理想の人生に必要なら、何を持っていてもかまわない。」そうです。

P.398
今の私の家に来てみれば、一見したところミニマリズムを実践しているとは思わないだろう。たとえばリビングには、4人が座れるソファ、家族の写真、ラグ、コーヒーテーブル、そしてテレビ(わが家はこの1台だけだ)がある。クローゼットを開ければ、ジャケット、野球帽、冬用の小物などが見つかるだろう。

P.411
あなたも同じようなミニマリスト生活を送ることができる。すべてを捨てなければならないというのは間違いだ。理想の人生に必要なら、何を持っていてもかまわない。

P.561
私はほぼ毎日彼らの文章を読み、刺激をもらっていた。そのときに気づいたのは、それぞれが独自のミニマリズムで夢をかなえているということだ。  ミニマリズムを実践する方法は、人によってまったく違っていたのだ。

P.856
この世代の中国人は、戦争、飢餓、深刻な物不足、政情不安を経験している。  ソン・ドンの母親も、生き残るためには、手に入るものはすべて死守しなければならないと感じていたのだろう。私の目には病的な収集癖のように見えても、実際は激動の時代を生きるための知恵だったのだ。

また、ミニマリズムを実践するうえで、期限や品数を特に決めていないのもこの本の特徴と言えます。

なかなかほかの本の通りにうまくミニマリズムを実践することができなかった人にも、おすすめかもしれません。

P.1,742
半分にするだけでも、まったく減らさないよりはずっといい。自分なりに基準を決めると、いちばん大切なものが選びやすくなる。そうやって減らしていけば、いずれは「ベストのものだけ」を実行できるまでになるだろう。

P.2,028
それでも、今から思えば、余分なものを地下室に移動したのは大切なステップだった。いるものといらないものをきちんと判断できるようになるまでに、冷却期間をおく必要があったのだ。

ただし、自分にとって十分な量を知るために挑戦し続けることが重要というメッセージが書いてありました。

P.1,944
「十分」を知るのは、何かに挑戦したときだ。自分の先入観を疑ったときだ。ものを減らし、挑戦を増やし、自分にとっての「ちょうどいい」を知ったとき

P.1,971
私たちのほとんどが、自分にとっての「十分」について考えていないということ

ミニマリズムを人間関係にあてはめないこと

P.3,166
ミニマリストの中には、「自分の人生に利益をもたらさない人とはさよならしよう」というアドバイスをする人がたくさんいる。つまり、クローゼットや引き出しのガラクタだけでなく、人間関係のガラクタも処分しようということだ。

P.3,169
人間関係をものと同じように扱うのは間違いだ。人はものではない。人間関係は処分する対象ではない。

P.3,174
特にそれが当てはまるのは、虐待や共依存の関係だ。できるなら穏便に別れたほうがいいが、とにかくきっぱりと別れること。

ミニマリズムを人間関係に当てはめるのはほかの本ではよく見ましたが、こちらの本では非常に慎重でした。

たしかに、ひととものとはちがうというのは当たり前ですが、過剰なミニマリズムに走るとつい犯しがちなミスだと思うので、わすれないよう、改めてここに記録しておきました。

 

 

 

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